〔情けは人の為ならず〕を考察(自論全開で)

情けは人の為だけではなく、いずれ巡り巡って自分に恩恵が返ってくるのだから、誰にでも親切にせよ」という意味である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

本当にそうなのか?

俺がもし、或る企業の営業マンだったとして、
そこに同じ部署の年の離れない先輩・後輩・同期の一人が悩んでいる。
試しに声を掛ける。
その答えはこうだった。

「営業成績が上がらなくって…」

この場合において俺の出来る”情け”

数人の顧客を紹介する
自分が使う営業台詞を伝授する
成績に直結する顧客の見抜き方を教える etc.

この手の救いを相手に良かれと思って行った時の
自分のリスクが高いっしょ。

だってさぁ~

これを機に相手の成績が飛躍するかも知れない
仮にそいつの方が自分を追い越す成果を上げたら
そしたら給与や昇進に影響を及ぼすかもしれないし、
⦅今日の情けは明日の仇⦆ってのもあるし…

もしそうなったら
「この前のお陰で助かったよ」
の言葉や、
「一杯奢らせてよ」
の見返りじゃ割に合わないじゃん。

‘情け’を辞書で引くと、
「人間味のある心。他人をいたわる心。人情。情愛。思いやり」

これらの心を保つには自らのゆとりがないと出来ません。
自分の懐具合や将来を脅かす行為を冒してまで
救済の手を伸ばすことが果たして良い事なのか?

ならば、
「大変だね」「頑張って」
などと声を掛けただけでは相手の事態が好転する訳もない。
いい大人に声援だけを送るだなんて馬鹿げてるじゃん
中学生のお受験じゃあるまいし。

更に例えを。

身近の知り合いで最近に家族の一人を
不慮の事故で亡くした方が相談に来ました。

「経済的な援助をお願いしたい」

聞けば急な支出が重なり手持ちがなく、
一家の収入は少なく、日頃から苦しい生活だったので
今までの貯えはなく、保険金も当分下りないから
生活費としてお借りしたい、という申し出。

この際に金額によるでしょうが助けますよね。
で、きっとこう言うでしょう。

「返済は落ち着いてからでいいですよ」

この日以降、定期的に連絡は来るが生活が苦しく
返済はもう少し待って欲しいと告げられる。

で、その後にこの一家から借金の取り立て出来ます?

この家族が高級店で食事してるのを目撃したら
有無を言わさず型に嵌めるでしょうが、
[ある時払いの催促なし]を自ら発した以上
それは出来ませんよね?

そして借りた側の話。
情けには‹人情›‹思いやり›の意味があるのなら
たとえ苦しくても借りた相手に返すのが筋でしょ。
この借り主は形上の挨拶だけする人物で、
無利息・無返済の金を手に入れたとしか思ってないかもな。

結局は情けって
’かけた’人間には何の意味もなくって
’受けた’人間の受け止め方でど~にでもなるモンじゃね?
リスク背負ってまでかける価値あんのかねぇ~

情けって何なんだろうか……