2-1

 とある日、昼過ぎに目覚め、やることは無い俺はタマリ場に原チャリで向かった。
「よっ」
この部屋は掃き出し窓が道路に面している為、玄関を通らずに済むので四六時中家主にバレず出入りが可能だ。窓のない壁側にカラーボックスが横向き置かれ、その上に置かれたステレオコンポからメタルのカセットテープに録音された女性バンドの曲が流れる室内には、ラークとセブンスターの煙と匂いが入り交じり白ボケる。先客のダチに向けて、
「なんだお前も来てたのか」
皮肉っぽくそう言うと女物のサンダルを脱ぎ、ド真ん中の真四角なテーブル手前側の座布団にあぐらをかいて座る。すると部屋の持ち主が、
「実はよぉ、近所に住んでる先パイから単車買うことになってよぉ」
「マジで!」
ボンタンジャージのポケットからラークマイルドを取り出す手を止め俺は叫んだ
「俺も今聞いたわぁ」
先客のダチがテーブル中央にあるこの部屋に不釣合いな、耳に赤いリボンを付けた白猫が描かれた灰皿に煙草をもみ消しながら同調する。こいつは男から見ても納得する程の色男だ。
「単車っつってもMB50だけどな」
読んでいたチャンプロードからあげた面はにやけていた。こっちは厳つい顔をしている仲間内のリーダー的存在だ。MB50とは50㏄だが、原チャリと違ってギアチェンジで走るタイプなので、これから中型バイクに乗るつもりな中坊等の練習には十分な代物だ。
「夕方取りに来いって言われてるんだわぁ」
「なら今夜はそれで遊びまくれるな」
既にバイクの所有者気取りのリーダーに俺は食い気味に話を進める。日頃は涼しげな顔の色男も少し興奮気味に話を合わす。
「だったら小学校の校庭がいいんじゃねえの?」
俺と色男が見合わせ頷くと、揃って同意を求める。リーダーは俺達を交互に見た後に親指を立てた。それからの数時間はバイク雑誌や不良漫画を読んだり、コンポのテープをマイクスタンドを握り飛び跳ねるバンドや、下着に鋲を打った衣装で演奏するレディースバンドなどに交換しながら時間を潰した。

 夕方、約束通りに先パイの家へ三人揃って訪れた。代金を渡し礼を告げると、
「オメー達、それでパクられるんじゃねぇぞ」
と凄まれた。そんな事になろうもんなら殺されると即座に感じた俺たちは同時に、
「大丈夫っす!」と直立不動で声を合わせて返答する。
辺りがすっかり暗くなると、裏手に置いたバイクを押しながらニ十分かけて小学校に辿り着いた。Y町はかなりの田舎で、敷地は広く周囲のフェンスは限られた所にしかない為、年中出入り自由なので格好の練習場となった。
「さてと、始めっか」
先ずはリーダーが跨る。色男が隣に歩み寄り肩を叩き煽る。
「エンストすんなよ」
キーを回しエンジンをかけ、アクセルを握り空ぶかししながら、
「見とけよ、一発で決めてやっから」と云い終わらない内にガクン、とだけ動いてエンジンが止まった。
「ケっケっケっケっケ」
色男は少しバカにした笑いと共にリーダーの肩を又叩いた。後ろで煙草片手にその様を眺めていた俺が、交代、交代と歩み寄ると、一瞬睨んだが渋々降り順番を譲った。半分しか吸ってないラークマイルドを踏み消し、バイクに跨る。
「オメーもどうせ一緒だよ」
その声を聞きながらニュートラルランプが光っているのを確認し、キーを右に捻りエンジンを点火させ、右手に掴んだグリップを二、三度軽く回した後右足でバランスを取りながら左足をステップにかけ、左手でクラッチを握り左足で一速に入れるアクセルをゆっくり回し、クラッチを恐る恐る緩めたが、ガクンッ!
「ざまぁみろぉ」「やっぱりなぁ」
二人は腹を抱えて大爆笑をし出した。その罵りと笑い声を聞き俺は舌打ちをした。
「よし、俺によこせ」
次は色男が真剣な面で跨る。お前もミスるぜ、とリーダーが云った矢先に案の定エンストを起こした。アクセルとクラッチを合わすのが初心者の中坊共には難しく、三人揃ってあえなく失敗に終わる。その後も順番に練習を繰り返し、段々とコツをつかみながら一晩中、月明かりを頼りにして校庭を万遍なく使いバイクを走らせた。

 夜明け前にはいずれも乗りこなす事ができる様になり、半分を地中に埋められたタイヤに腰を下ろしそれぞれの煙草を吸い始めると、色男が煙を吐き喋り出す。
「手に入れるならどの単車にする?」
「CBRだな」俺は答え、さらに続けた。
「ビートのテールカウル付けて、ステーでライトアップさせて風防で、ハンドルは鬼ハン、マフラーはRPMの集合管がベスト」
イメージしながら喋った車種とスタイルは、当時流行った少女漫画に描かれたそれそのものだ。タイヤに煙草を押し付けもみ消したリーダーも語る。
「やっぱCBXだろ。アンコ抜きの三段シート、ハンドルは気持ち絞りでツッパリテール、ホーンはラッカラーチャーでよ」
「俺はFXがいいなぁ」
遠くに目をやる色男が言うとすかさずリーダーが、
「フェックスは値段が高ぇだろ」「しかも滅多にねぇしな」
俺は頷きつつ付け加えた。
「早くアクセルコールもやってみてぇなぁ」
色男がハンドルを握る仕草に合わせて体を揺らして見せた。アクセルコールとは、その地域ごとに共通のメロディーを半クラッチとアクセルを駆使して奏でるテクニックと、ギアを変えた際に鳴るエンジンの音程に合わせて誰もが知っている曲の一節に聴かせるミュージックコールの事で、有名なのはチューリップだった。次第に話は盛り上がり、XJだのGPZだのと車種を持ち出してはああだこうだとくっちゃべり、あの先パイの単車がシブいとかあのパーツはどれに似合うかと、理想や妄想を織り交ぜながら飽きる事無く延々と喋り続けていると、とっくに陽は昇っており、通学路を列をなして歩いている小学生が見えたのでそれぞれの家へと帰った。

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